東京地方裁判所 昭和32年(行)87号 判決 1958年12月22日
原告 岩崎勝五郎
被告 東京都知事
主文
被告が東京都北多摩郡保谷町大字上保谷字山合二千四百九番地畑一反四畝六歩につき買収の期日を昭和三十年七月一日としてした買収処分はこれを取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因及び被告の主張に対する反論として次のとおり述べた。
一、被告は原告所有の主文第一項記載の土地(以下本件土地という。)につき買収の期日を主文第一項記載のとおりとして買収処分をしたが、右買収処分は次のとおり違法である。
(一) 買収処分をするための前提となる手続を経ていない。すなわち、東京都北多摩郡保谷町農業委員会は農地法第八十四条により昭和二十八年八月一日現在における原告所有の小作地の状況を記載した書類を作成して縦覧に供し、右状況に基き原告がいわゆる保有面積を超える小作地を所有するとして本件土地につき買収の期日を昭和三十年七月一日とする買収処分をしたが、同法第八十四条所定の手続は毎年改めて行うべきものであるから、本件買収処分はその買収の期日から考えると同条により昭和二十九年八月一日現在の原告所有小作地の状況につき手続をとつたうえそれに基き同法第八条、第九条所定の手続を経てはじめてこれをすることができるのであるのに、右の各手続を経ていない。
(二) 本件買収処分当時原告の所有小作地は合計三反八畝十五歩であつて農地法第六条にいわゆる保有面積を超えていないのに右小作地より買収したのであつて、同法条に違反する。
よつて本件買収処分の取消を求めるため本訴請求に及んだ。
二、被告の主張事実中原告が昭和二十八年八月一日現在八反四畝五歩の小作地を所有していたこと、本件買収令書が原告に交付されたことは否認する、その余の事実は争う。
三、農地法第九条第一項の規定は同法第八条所定の公示がなされた以上その後の事情いかんにかかわらず、当然いわゆる保有面積を超える小作地は買収することができるということを定めているのではない。公示がされて後買収処分前に適法に右保有面積を超える小作地がなくなつた場合には、公示当時超過していたとの理由で買収することはできないのである。何故なら、原告は買収処分前は同法第九条第一項所定の期間経過後であつても所有小作地を適法に減少することは差し支えはないし、また同法第六条第一項第二号に定めるいわゆる保有面積の定めは所有者の権利保護に関するものであるから同法第九条第一項が積極的に買収処分当時には保有面積を超えない場合でも買収することができると規定されていない以上もはや買収することは許されないからである。
ところで原告は別紙目録記載(七)および(八)の土地についてはいずれも昭和二十九年八月十七日、同(九)の土地については同年一月九日、同(四)の土地については昭和三十年四月二十二日それぞれ被告の許可を得て適法に賃貸借契約を解除し、また同(三)の土地については昭和二十九年三月二日被告の許可を得て宅地に転用したので右各土地はいずれも小作地ではなくなつたから原告は本件買収処分がされた昭和三十年七月一日当時には右土地の合計面積に相当する面積の土地が被告主張の原告所有小作地面積から減少して、結局、保有面積の限度内である三反八畝十五歩の小作地を所有するにすぎなかつたので本件買収処分は違法である。
被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
一、原告主張事実中被告が原告の所有に属していた本件土地につき買収の期日を原告主張のとおりとして買収処分をしたこと、別紙目録記載の土地のうち原告主張の各土地につきそれぞれ原告主張の日その主張のような被告の許可があつたことおよびその結果昭和三十年七月一日現在においてそれらの土地の合計面積に相当する面積の土地が小作地面積より減少して原告所有小作地は保有面積を超えていないことはいずれも認めるが、本件買収処分がその前提となる手続を経ていないことは否認する。その余の主張は争う。
二、東京都北多摩郡保谷町農業委員会が調査したところによると、昭和二十八年八月一日現在原告が農地法第六条第二項に定める原告の住所のある市町村の区域内において所有していた小作地は別紙目録記載のとおり合計八反四畝五歩であり、同法条により定められたいわゆる保有面積である七反歩を超えているので、超過部分は農地法第六条第一項第二号に該当するものであつたから、右農業委員会は農地法第八条により同条掲記の事項につき昭和二十八年十月十日これを公示するとともに右公示の旨を原告に通知し、かつ同月十一日から翌十一月十日まで右事項記載の書類を縦覧に供した。ところが、原告は右公示の日から農地法第九条第一項に定める一ケ月の期間内に右保有面積を超える面積に相当する小作地につき譲渡の事実がなかつたので別紙目録記載(一)の土地(本件土地)につき原告主張の日を買収の期日とする買収令書を昭和三十年六月二日原告に交付して買収したのであるから、原告の主張はすべて失当である。
理由
一、被告が原告の所有土地であつた本件土地につき買収の期日を昭和三十年七月一日として買収処分をしたことは当事者間に争がない。
二、被告は原告が別紙目録記載のとおりいわゆる保有面積である七反歩を超える合計八反四畝五歩の小作地を所有していたからその超過面積に該当する小作地として別紙目録記載(一)の土地(本件土地)につき昭和三十年六月二日買収令書を原告に交付して買収したのであると主張するところ、はじめ昭和二十八年八月当時原告が別紙目録記載の小作地合計八反四畝五歩を所有していたことはその明らかに争わないところであり、同目録記載(七)ないし(九)および(四)の土地につきそれぞれ原告主張の日被告の許可を得て適法に賃貸借契約が解除され、また同(三)の土地についても原告主張の日被告の宅地転用許可を得たこと、その結果本件土地の買収の期日である昭和三十年七月一日現在においては原告所有小作地は右保有面積を超えないこととなつたことは当事者間に争がないので、右事実によれば、被告が原告に対し買収令書を交付して本件買収処分をしたと主張する昭和三十年六月二日にはすでに原告所有の小作地は三反九畝十八歩にすぎなかつたこと計算上明らかであるので、本件買収処分は右小作地よりさらに本件土地を買収したことになるから、保有面積を超えてはいない原告所有の小作地につきされた処分であるといわざるを得ない。
三、被告は、昭和二十八年八月一日現在において原告が別紙目録記載の小作地を所有していたので同年十月十日農地法第八条第一項掲記の事項を公示したが、原告は右公示の日から起算して一カ月の期間内に、保有面積を超える面積に相当する小作地を他の者に譲渡しなかつたから農地法第九条第一項により本件買収処分をしたものであり、もとより適法である旨主張する。なるほど農地法第九条第一項は右被告主張のような場合には保有面積を超える面積に相当する小作地を買収する旨規定している。そして同法中第八条第一項による公示をした日から起算して一カ月を経過した後にその所有する小作地が減少し保有面積を超えることがなくなつた場合に関する規定は存しない。
しかし、小作地の所有者は前記公示があつた後においてもその小作地につき農地法第五条、同第二十条等所定の許可を得て小作地を減少せしめることは、これを禁ずる旨の規定はなくまたこれを禁ずべきものとする理論上の根拠はないのみならず、かえつて、農地法は耕作者みずからが農地を所有することを最も適当であると認めて耕作者の農地の取得及びその確保をはからんとするもので、その目的のために小作地、小作採草放牧地についてはいわゆる不在地主を排除するとともに在村の地主には一定の面積に限つてこれが所有を認め、それ以上はこれを保有することを得ざらしめるのであつて、それがためその保有面積を超える面積に相当する小作地等は所定期間内に他に譲渡せしめ、然らざれば国がこれを買収することによつてその政策を貫徹しようとしているのであるから、仮りに同法第八条第一項による公示の日から起算して一カ月を経過してもなお右保有面積を超えて小作地等を所有するものがあつてもその後いよいよ買収処分がされるまでの間に適法に他への譲渡、小作契約の解消、農地転用等によつてその所有小作地が減少し保有面積を超えることがなくなつた場合には、これこそ法が所期する過大小作地の解消という結果がおのずから実現したことに外ならず、それ以上国が強制力をもつて政策目的の実現をはかる必要はないのである。従つてこのような場合にはもはや保有面積を超えて小作地を所有していたことの理由ではこれを買収することはできないものといわなければならない。
四、しからば本件買収処分は、原告その余の主張について判断するまでもなく、農地法上所定保有面積を超えない小作地の所有者に対してなされたものとして違法なことは明らかであり、その取消を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 秋吉稔弘)
(別紙目録省略)